ポップカルチャーが集う場所であるアキバ。その為か、アニメやゲームなどの関連のイベントが数多く催される場所でもある。大規模から小規模のイベントが開催出来る会場が多々あることも理由の一つであろう。下手したら休日は必ずや何かしらのイベントが催されているのではなかろうか。
ハルが向かったコトブキヤは、アニメグッズやフィギュアなどを取り扱っている云わばアニメショップである。コトブキヤはビル丸ごと所有しており、各フロアにそういったグッズが売られている。だが驚くことなかれ、アキバにある大手のアニメショップはビル一棟が店になっている所が多い。その中でコトブキヤの最上階にイベントホールを備えており、声優事務所やアニメの制作会社と協賛をして独自のイベントを開催しているのだ。
イベントは関連商品を購入したりすると、参加できるようになる。今回の立花マドカのトークイベントがそれに当たる。
『ほ、ほンとうデすか!』
イベントの当日券が余っていた。なんでも予約がキャンセルされたことにより席が浮いたのだった。さっそく参加条件であるニューアルバムを購入しようとサイフを取り出そうとしたが、ふとハルは疑問に思ったことを訊ねる。
「そういえば、飛行機の時間とか大丈夫なの?」
シェリアの手が止まる。今の時間は十三時四十五分。
『こ、コレは、いつオわるのでしょうか?』
「えっと、開始が二時で、終了予定時刻が三時だね」
スマートフォンで時刻を確認し、スケジューラーを表示させた。
『Attendre avec une maman sera a 5:30……』
秋葉原から成田空港まで約五十分かかる。つまり十六時三十分には秋葉原を出ないといけない。もしイベントを観るとしたら、宝探しは一時間三十分しか出来ないのだ。
シェリアの脳内で“立花マドカ”と『アキバの七大秘宝』で天秤に揺れている。暫しの熟考して――
『……ダいジョうブ、デす。ヒホウは、パッとサッとミつけたら、イいデす』
どうやら“立花マドカ”の方が重要度は重かったみたいだ。
なにはともあれCDを購入(ただし現物は、イベントの最後にマドカ本人から手渡しとなる)し、無事イベントの参加券をゲットしたハルたちは最上階のイベントホールへと向かう。
立ち見なら百人ほど入れる広さだが席は八十個のパイプ椅子が用意されていた。既に人が集まっており、ほとんど男性だった。女性はシェリアを含めても両手で数えるほどしかいない。
だからなのか、金髪でかつ美少女(外国人)のシェリアの姿に場内はざわめき立つ。だが当の本人よりも隣にいるハルが照れてしまう。なまじ知り合いな為に、まるで自分が噂されているようだと感じたからだ。
『ハル、これはナンですか?』
シェリアは周りの喧騒に気にせずに一枚の紙をハルに向けた。それは事前に渡されたアンケート用紙だった。
「ああ、それに立花マドカさんについて、何か訊きたいことがあったりしたら書くんだよ」
『OH! そうデすか!』
早速書こうとしたが、シェリアの手が静止する。
「あっ……。もしかして日本語が書けないの?」
『Oui……』
日本語を話せたり解したり出来るのに、書くことが出来ないというアンバランスにハルは思わず微笑してしまった。
「だったら、僕が書いてあげるよ。何かある?」
『そうデすね……イマまでのキャラクターで、スきなの?』
「えーと、今まで演じてきていたキャラクターで、一番のお気に入りは何ですか? ってことかな」
拙い言葉に解釈を入れつつ用紙に書き込んでいく。
『それト、なンデ、マドカ自身ガ、フキカエをしてホしいデす』
「ん? それってどういうこと?」
『ニホンのアニメーション、ニホンゴ。けド、ワタシのクニデ、ホウエイするトキ、声優ガちガいます』
「そうか。海外で放送する時、声優は現地の俳優さんが演じるんだよね」
日本でも洋画を声優が吹き替えをしている。字幕を好む人もいるが、吹き替えの方で観る人の方が圧倒的だろう。
『さいきんは、ニたコエのひとがやってますガ、やっぱりホンモノのほうガ、いいデす。ニコドうデ、ミてますガ、やはりフランス語デききたいデす』
「なるほど」と、ヒロは頷く。
声優のその声が好きならば自国の言葉で喋って欲しい。だが、外国語を喋ったらシェリアのように片言な日本語みたいになるかも知れないが、それでも十分だと思う。しかし、そこは声のプロである声優だ。現地人並のイントネーションで台詞を発してくれるのではと期待してしまう。
ヒロはシェリアが言いたいことをまとめて、アンケート用紙を提出した。
暫く待つと、男性スタッフが前に立ち司会役を務める。
「それでは皆さん、これから立花マドカさんが参りますので、暖かい拍手でお迎えください。では、立花マドカさん、どうぞご入場ください!」
言われた通りに場内のお客はを拍手すると、奥から立花マドカが姿を現した。より拍手音が強くなり、まさに万雷の中での登場となった。
「え、えーと。本日はお越しいただきありがとございます。あ、私のCDをご購入いただきありがとうございます、立花マドカです。不束者ですが、本日は宜しくお願いします」
立花マドカは最近アニメの出演が増えてきた、いわゆる若手声優。深夜アニメ“ソラノコトノハ”でヒロインを演じて、ある程度の人気が出てきた今注目の声優だ。
若手声優がイベントを開催することは、昨今では珍しいことではない。それに普段、声しか聴けない声優に逢える機会が設けられることはファンにとっては、とても喜ばしいことである。
「てか、おお! すっごーい、外国の方がいますね。は、ハロー!」
マドカは観客の中で特に目立つ金髪の美少女(シェリア)の姿を発見して、思わず反応してしまった。
シェリアは手を振り応じて、引き続きマドカが話しかける。
「えー、どちらか来ましたか……といっても、日本語ワカリマースカ?」
後半外人風の口調になり、一同に笑いが起こる。
『Oui。 スコしなら、ダいジョうブ、デす。わかります。フランスからきました』
シェリアのあどけない返答に場内が「おー」と感嘆する。
「そうなんですか。フランスからですか。遠路遥々と来てくださりありがとうございます」
ペコペコと頭を下げる恐縮するマドカの姿が可愛らしく、その態度に好感度が上がってしまう。
「えっ、もしかしてこれの為に来てくださったのですか?」
『Non。キョウ、しって、キました』
「な~んだ~」
マドカはワザとらしくガックリと肩落とした。
「でも、今日は楽しんでいってくださいね。それでは皆さん、宜しくお願いします」
シェリアとの絡みで場は和やかに盛り上がった。
『むふー。キョウ、これダけでもキたカイがありました!』
当の本人は好きな声優と会話出来たことにやや興奮している。幸福を感じているみたいで何よりだ。
さて、この手の声優のイベントは、基本はトークがメインとなる。
「私、あまりアキバに来たは無いんですね。タモさんの番組で、その時アキバの特集みたいで、なんか電球みたいな……そう真空管なことを話していたの。あれって何に使うのかな?」
身近のことや、
「実はワタシが初めて主演を務めたソラノコトノハのルゥラというキャラクターは、オーディションで選ばれたんですけど、ルゥラのキャラクターイラストが無かったんですよね。普通はキャラクターイラストを見て、どんな声なのかイメージするんですけど、イラストが無かったから、もうどんな声を出したら良いのか解らなくて、そうしたら監督の原始さんが……」
オフレコな裏話など、ここでしか聴けない内容を話してくれる。ただ話しているだけでは続かないので、ちょっとしたイベントを差し込んでくる。
「では、ちょっとした催し物を……立花マドカ式・該当ゲームをしたいと思います。私が言ったことに該当する人は立ち続けてください。該当しなかったら残念ですけどお座りください」
立花マドカ式・該当ゲームは、マドカがパーソナリティを務めているWEBラジオで行われているミニゲームである。
「十問ほど質問します。最後まで立っていた方に、特別なご褒美を差し上げます。それでは皆さん、スタンドアップ!」
開始の合図に観客は一斉に席を立つ。
周りの突然の行動にシェリアも釣られて立ち上がった。
『ハル、コレはなんデすか?』
「ちょっとしたミニゲームだよ。さっき立花さんが言った通りに、自分に当てはまるのなら立ったままで、違うなら座るんだよ」
『なるほド、わかりましたー!』
全員立ち上がったのを見計らって、マドカが進行する。
「では、皆さんの胸に手を当てて誓いのポーズ。私の質問に嘘をつかないでください。この誓いを破ったものは、一生結婚できない呪いにかかりまーす」
ちなみにこういうイベントに参加したことがある方は身に覚えがあると思うが、イベント中はずっと座りぱなしなので、もしパイプ椅子のように固いと、途中でお尻が痛くなってしまう。しかしイベント中は立つことが出来ないので、我慢せざるを得ない。
なのでこうして席を立つ機会を与えて、お尻の血行を良くするのは有難いのである。
ゲームは進行して行き、なんとシェリアが最後の二人まで生き残っていた。
「おお、外国のお嬢様が生き残ってますね。では、この質問で決まるかな。今サイフの中にテレホンカードがある方は立ってください」
二人は自分のサイフの中を確認すると、シェリアが一枚のカードを取り出した。少々色簿しているアニメイラストが描かれたテレホンカードだ。
携帯電話の普及で持つ必要が無くなっているテレホンカードを所持していることに周囲の人たちは驚く。
もう一方は残念ながら持っておらず、勝敗を決した。
最後まで生き残ったシェリアが、立花マドカが居る壇上へと上がる。
「すごーい、おめでとうございます。自分で言うのもあれだけど、よくテレホンカードを持っていたのね」
『Oui。シンセキのアネからモラったんデす。ワタシ、アニメガスきダからくれました』
「そうなんだ。ちょっと見せて貰っても良い?」
『Oui。どうぞ』
「おー、これが。うん、本物のテレホンカードだ。あれ、外国でもテレホンカードが使えるの?」
『Non。つかえません。それニホンのテレホンカードデす』
「あ、やっぱり日本でしか使えないんだ」
軽く言葉を交わした後、勝利者のご褒美進呈となった。その内容とは、なんとマドカ手作りのシフォンケーキをあーんして食べさせて貰う権利だったのだ。
その内容を知った男性陣の妬み嫉みが吹き出すものの、
「はい、あ~ん」
『あ~ん』
マドカが金髪美少女に食べさせるシーンに、
(あ、あれ……これってアリじゃね?)
(マドカちゃんが金髪美少女にあーんって、あーんって!)
(やだ、ドキドキするじゃないの!)
男性陣客の心を浄化(?)させていった。
逆にマドカが男子にあーんさせていたら、それこそ嫉妬の嵐が吹き荒れていたのだろう。シェリアが勝ち残ったのが結果的に良かったのだ。
それに残念賞として飴玉が全員にプレゼントされたのである。
(これは孫に自慢出来るわ)
(いやいや、結婚出来ないだろう)
何も貰えないものより、例え小さな飴玉でも何かしら貰えた方が良い。観客たちはとても喜び、イベントは大いに盛り上がり進行していき、締めにマドカの手から購入したCDの手渡し会となった。
この時に短い時間ではあるがマドカと語らいが出来る機会。シェリアの順番となり、マドカの方から気さくに声をかけてきた。
「今日は本当にありがとう、えっと……」
『シェリア、デす。シェリア・テュリオともうします』
「そうシェリアちゃんね。可愛らしい名前ね。シェリアちゃんのお陰で楽しいイベントになったわ、ありがとう!」
『OH! こちらこそ、とてもタノしかったデす。とてもヨい、オモいデになりました。これもハルのおカゲデす』
と、ハルの方に顔向ける。そしてマドカもハルの方に目を向けた。
「あら、もしかして彼氏さん?」
「い、いや、違いますよ! 偶然出会っただけで、彼女が立花さんのファンだったので、連れてきただけです」
本日三度目のやり取りにも関わらず、慣れないハルはあたふたする。その行動にマドカは微笑んだ。
「そうなんだ。だけど、君がこの天使ちゃんを連れてきてくれたのね。ありがとうね、ハルくん!」
シェリアのお陰で他の人たちよりも親しげに、かつ少しだけ長く話すことが出来た。しかも名前も呼ばれ、ハレは絶頂状態である。
マネージャーらしき人物から話しを切り上げてと催促されてしまう。
「あ、残念。それじゃ、もし機会が合えばだけど、また来てくださいね」
『Oui。ゼひとも!』
こうして立花マドカのイベントが幕を閉じたのであった。
コトブキヤから出てきたハルたちは、今にも身体が宙に浮いてしまいそうなほど浮かれていた。
しかし、いつまでも悦びに浸っている暇は無い。
『OH! もうこんなジカン』
現在の時刻は、三時十五分。少々延長してしまい、その分宝探しの時間が減ってしまっている。
『ハル。なゴりおしいデすけド、ワタシはアキバのななダいヒホウをさガしにイきますね』
「う、うん……」
本日の用事が終わったハル。これから、ただブラっとアキバを回って帰るだけ。だったらと、知り合ったのも縁だし乗りかかった船だ。それにシェリアが居てくれたお陰で、マドカから自分の名前を呼んでくれた。なにかしら恩義のようなものも感じていた。
「あ、シェリアさん待って」
『Oui。なんデすか?』
「僕も宝探しを手伝うよ。一応今日の用事が終わったし、このまま帰るのもアレだしね」
『OH! ホントウ、デすか! ありガとうゴザいます! それデは、デんせつのフィギュアをさガしにイきましょう』
「うん」
『ところデ、ドこデしたかね?』
「えっとね“つぅもろー”は……」
残り時間一時間十分。二人は時間内に残りの三個を見つける為に、足早で次の場所へと向かって行ったのであった。
-続く-
+注意+
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