真空管の店主が教えてくれた場所は、秋葉原で三番目に安いと言われているPCショップだった。中途半端な内容のキャッチコピーではあるが、下手に一番と言ってしまえば不当表示なり茶々を入れたりする。上手いキャッチコピーだと思う。

 そこでハルたちは店員に七大の秘宝について話すと、一台のタブレット端末を渡され、今度は秋葉原UDX(クロスフィールド)の屋上に行けと指示されたのであった。

 秋葉原UDXは秋葉原クロスフィールド内にある高層ビル(最頂部百七メートル)。複合型オフィスとして、オフィスの他にレストランやショールーム、イベントスペースなどで利用されている。周りに高層ビルが少ない秋葉原にとって、高いビルの一つである。

 今ハルたちは、UDXのエレベーターに乗って屋上(正しくはヘリポート)へと目指していたのであった。

 快適な速度で上昇していき、階層表示は徐々に数が増えていく。

 大抵のビルでは、屋上への立ち入りは禁止されているものだ。だが、タブレットを受付に見せただけで屋上へのエレベーターに案内されたのである。

 ハルは現状に戸惑いながら、七大の秘宝について考えを巡らせていた。

 これまで七大秘宝に関わる店員たちの対応から、ある答えが推測される。

「もしかして、これって……」

 考えが閃く間も無くエレベーターの扉が開き、二人は屋上へと出た。

『Wow、Beau……』

 オレンジ色の夕陽に照らされた秋葉原の街が広がっていた。

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 秋葉原を高い位置で一望することは滅多にない。ましてや夕陽で彩られている。これだけでも一見の価値がある景色だ。

『これガ、アキバのユメ……』

 シェリアがぽつりと呟く。気持ちは理解出来るが、正しくは無いとハルは判断する。

 それはタブレットを渡された際に受けた説明を振り返っていた。

「確か屋上に着いたら、タブレットにインストールされているアプリを起動するんだったな」

 渡されたタブレットを操作し、画面に一個だけあるアプリにタッチして起動させた。すると、カメラモードのようなレイアウト構成画面と共にメッセージ……英語の文章が表示された。

 英語教育を受けている日本高校生と言えど読めたりしない。

「シェリアさん、英語読めたりします?」

『Oui、すこしなら』

 シェリアはハルの元に近寄りタブレットを覗きこむと、女子特有の甘い香りが漂った。

『えーと……おめでとう、ここからアキバのユメをみれる。タブレットでアキバのけしきをうつしなさい』

 フランス人なのにフランス語だけでなく英語も扱えることに、ハルは劣等感を感じつつ羨望の眼差しをシェリア向けた。ふと真空管の店主の言葉「変わっていくのは街だけじゃないよ。人もまた変わっていかないとな」がよぎった。

『ハル、これでアキバのけしきをみれバ、いいみたいデす』

 シェリアに言われるがまま、タブレットを介してアキバの景色を映し出した。

 そこには――

 未来的な建物が立ち並び、飛行船……いや、飛空戦艦が飛び回っている。それだけではない。
 どこかで見たことがある著名な巨大なロボットが闊歩していれば、艦隊な娘たちも悠々と飛び回ったりと、出版社や製作会社の壁を越えてアニメやゲームの様々なキャラクターが存在している。他にアイドルグループが踊っていたりする。

 ハルとシェリアは画面から目を離し、改めて肉眼で秋葉原の景色を見る。当然の如く普通の秋葉原の街。現実に無いものがタブレットに写っているのだ。

「そうか、ARだ」

 AR(オーグメンテッド・リアリティ)…現実の位置情報や場所などに、CGなどのバーチャルデータを表示させる拡張現実と呼ばれる技術。タブレットを介して秋葉原に、先ほどの未来的かつ空想的なARを表示させているのだ。

 まるでアキバのイメージを具現化したような光景に、

「……これが、アキバの夢」

 自然と言葉が漏れた。シェリアも反応し頷いた。

『そうかも、シレませんね……』

 シェリアは最後の秘宝をスマートフォンで、タブレットに映る景色を撮ろうとしたが、その手を止めてしまった。

「どうしたの? 撮らないの?」

『いままデ、フシギにおもってました。このタカラのガゾウ、ガ、フェイスブックにアップされていいなの。デも、イマわかります。これは、トるのデはなく、これは、その……ココロにヤキツケル、というものデすね』

 ハルは秋葉原の景色とタブレットの画面を交互に見返す。実際にタブレットの映像を撮影しても、あまり意味が無いだろう。これは直接、現場で見ることに意味がある。

「そうだね……」

『そして、ワタシのおネガい、またアキバにきたいとオモってました。デも、これをミたら、また、かならズきたいと、つよくオモいました』

「どうして?」

『いつかホントウに、こんなアキパになっているとオモうからデす。タカラヲさガして、アキバヲあるいてオモいます。アキバは、こんなフウにカわっていくと、オモいます』

 アキバの七大秘宝を見つけると、どんな願いも叶うという言い伝えはこうして生まれたのかも知れない、とハルは思った。

 タブレットに映しだされているのは、アキバという街が見ている夢ではなく望んでいる夢なのでは。アキバは変わり続ける……夢の街へと。

 シェリアとハルはタブレットに映しだされる映像にときめいていると、突然シェリアのスマートフォンから着信メロディが鳴り出したのである。

 メロディから母親からだと識別した。

『Oui、Mere……OH!』

 離れているハルにも聞こえてくるほどにけたたましい怒鳴り声が聞こえる。
 ハルはタブレットで時間を確認すると十六時二十五分。タイムリミット間近だった。

『Je comprends. Il va immediatement……ハル、イかないと』

「うん、早くしないと!」

 幸い秋葉原UDXは駅から近い。
 二人は急いで屋上から立ち去ろうとしたが、シェリアは振り返り、名残惜しく秋葉原の景色を眺めた。

『De plus, c'est depuis qu'il vient!(また来るからね!)』

   ■■■

 息絶え絶えになりながら二人は秋葉原駅・電気街口に辿り着いた。

「タブレットは僕が返しておくから、シェリアさんは早く空港に行きなよ」

『Merci、ハル!』

 シェリアは礼を述べながら改札口に向かうとしたが、その足を止めてハルの方へと戻ってきた。

『ハル、フェイスブックのフレンドトウロクヲしましょう。ID、おしえて!』

 世界でも著名なSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)。アクティブユーザー数は約十億人もいるが、世界と比べると日本での利用者は少ない。実名制登録ということで敬遠している人が多い。ハルもその一人だった。

「あ、ごめん。僕、フェイスブックに登録してなくて……」

『OH! そうなんデすか……。それデは、フェイスブックにトウロクしたら、ワタシにフレンドリクエスト、くダさいね。ワタシのIDはこれデす。カメラでトってくダさい』

 シェリアはスマートフォンに自身のページを表示させて、ハルのスマートフォンで画面の撮影を促した。

『それと……』

 ハルが写真を撮ろうと屈んだ瞬間、シェリアの唇がハルの頬に口付けた。
 それは頬へのソフトキス。

 突然の行動に状況が掴めないハル。

『キョウのおレイ、デす。Merci、ハル!』

 シェリアは真っ白な頬をピンク色に染まらせて、改札口へと向かっていった。

 振り返りハルに手を振る。

『フェイスブックに、レンラクくださいね!』
 
 シェリアの姿が見えなくなってから、ハルの顔が真っ赤になり、脇にかかえていたタブレットを落としてしまったのだった。

   ■■■

 既に太陽は没して空は暗くなっていたが、街は数多くある店の看板ライトによって照らされて明るかった。

 タブレット(運良く壊れてはなかった)を返した後、アキバの七大秘宝について詳細を聞くことが出来た。

 ハルが予測した通りに、アキバの各店舗が協力して催している一種の外国人観光客用イベント(いわゆるスタンプラリー)のようなものだった。

 日本人ではなくあえて外国人向けなのは、秋葉原に外国人向けの観光名所が少ないという理由も有ったからだ。日本人なら秋葉原は買い物をする場所で、観光するというイメージは無い。そこで、七大の秘宝を観光スポットにしたのだ。

 秘宝と呼ぶに相応しい品物がある店ですり合わせをしており、秋葉原の歴史や文化について知って貰い、興味・関心を持たせるのが狙いらしい。だから見つけた秘宝の数を尋ねたり、何かを知った風な雰囲気をかもし出していたのだ。

 そしてあの“アキバの夢”のARアプリは、あるクリエイターがボランティアで作ったものらしい。

 イベントに賛同したクリエイターが、本当のアキバの秘宝とは何かかと考えた時、この街だということに行き着いたらしい。それに、よく秋葉原UDXの屋上への立ち入り許可が貰えたものだと感心した。

 帰りの道すがら、ハルは歩み止めて閉店した建物の壁に背をもたれかかる。スマートフォンにフェイスブックのトップページを表示させて、アカウントの情報を入力していた。

「人もまた変わっていかないと……か」

 今回、一番心に残った真空管の店主の言葉を復唱した。

 フェイスブックを始める……些細なことかも知れないが、ハルにとって大きな変化である。

 ハルがアキバに通い始めてまだ三年程度。それは、たった三年分の移り変わりしか知らないということでもある。

 秋葉原は現在進行形で変わっていく。この閉店した店も数ヶ月後には新しい店が開店していることだろう。その時は、また新しい文化が生まれるかも知れない。

 シェリアは必ずまた日本に来てくる。日本に来てくれたのなら、今度はフランス語で変わっているだろうアキバを案内してあげたい。そうハルは新しい夢を志して、“アカウントに登録”ボタンをタッチしたのだった。

 その後、シェリアのページへ行き、早速友達リクエストを送ろうとした時、ある事に気付いた。

「え、シェリアって、十二歳だったの!?」

―了―




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